2009.12.19

1日構造塾 前編(全2回)  森昌樹氏(Morii's Atelier) 講演レポート

「建築家と構造家、それぞれの思想」と題して行った、1日構造塾での講演内容を前編、後編に分けてお届けします。
前編は森昌樹氏による「現在進行中プロジェクト、三島のクリニック」です。

森昌樹(Morii's Atelier)
(構造解説:横尾真/OUVI)

 

三島のクリニック ー LINK Architectual Associates x Morii's Atelier x OUVI

──初めまして。森です。宜しく御願い致します。本日は、現在私が携わっているプロジェクト(クリニック)を紹介したいと思います。
敷地は静岡県三島市、間口が8.7m奥行き32mのとても細長い敷地です。周辺には住宅が点在しており、敷地のすぐ南には三階建ての高いビルが近接しているという状況です。
施主はこの敷地の近くの雑居ビルで長年クリニックを営んでいる医師です。この度、娘さんもクリニック付の医師になられ、これからは娘さんが中心となり、新規のクリニックを営んでいくということから今回の計画がスタートしました。

誰もがこの敷地の形状を等価に使用する事ができるプランニング

──先ほども申し上げましたが、敷地周辺には住宅が点在しており、北側は二階建ての住宅、南側には三階建ての高いビルが近接しているという状況です。敷地の東西で道路と接するのですが、東側の短手方向が生活用道路となっており、メインのアプローチとして設定しています。間口が短く、奥行きの長い敷地に対して、短手を分割するという自虐的ともいえるような平面になっています。

通常ですと広めの待合室があって、奥に処置室、診察室、検査室があります。利用者によっては待合室に入って、診察室に入って診察を受け処置室で治療を受けて終わり。建物のほんの一部しか使わずに帰宅することになります。この敷地ですとその傾向はより顕著となってしまいます。
そこで、一見不利と思われる極端な敷地の形状を逆手に利用し、誰もがこの敷地の形状を等価に使用することができるようなプランニングができないかということで短手の間口を敢えて4等分するような壁の配置としました。

 

 


患者の動線と職員用の裏動線を確保する

──簡単に平面を説明しますと、風除室に入り、間口2.1m、奥行きが20m程の待合室にて順番を待ちます。ここから各諸室にアプローチします。施主からの要望で、処置室、診察室、レントゲン室は医師が常に見通せるようでなければならず、しかも待合室には顔を出すことなくそれぞれの諸室にアクセスできるよう望まれました。
細長い待合室にすることで、待ち合いと患者の動線を兼ねています。そうすることで、間口の狭い敷地であっても患者の動線と職員用の裏動線を確保することが可能となっています。

 

 

 


 

──2階は主に院長のご家族のためのスペースとスタッフの休憩スペースとなっています。
極力、休憩のときは、院長先生と看護士さんたちが各々のプライバシーを確保することが条件でしたので、2階に関しては、スタッフのゾーンと院長のゾーンとの間を外部空間でサンドすることで明確に分けています。


悪足掻きともいえる操作の内に建築的な意思がうまれるのではないか

──1階と2階では求められる機能が違うので、1階のスパン割りをそのまま使用することができず、2階では下とは直行方向に壁を配置することで2階の機能に沿ったスパン割りに変換しています。1階とはルール上、敷地を短冊上に切り分けるということで関係性を保っています。
とはいえ、要求された部屋を割り振ると長手の方向に対して小割りの壁がでてきてしまいます。1階に関しては20mの待合室が存在するため、小割の壁が入ってもその方向性は失われることがないのですが、2階に関しては間口方向の距離が短いため小割りの壁の存在は長手方向のベクトルを遮って、力を弱めてしまいます。

そこで、短手方向の壁に関しては天井までありますが、長手方向の小割り壁に関しては、2階の床から1900mm、頭が少し隠れるくらいの高さで抑えることで差異をつくり、視覚的に天井面が連続するようにしました。このような悪足掻きともいえる操作の内に建築的な意思がうまれるのではないかと私は思います。待合室はその用途上プライバシーが確保されなければならないため、外壁面から離した位置に設置してあります。そのままでは光が取り切れないので、上部からトップライトを使って取っています。また唯一上下のズレを認識し、把握することの可能な部分です。

 


建物環境を快適に仕上げること

──待合室の仕上げに関しては、できるだけ自然素材をつかってあげたいと思っています。空調設備に関しても輻射式の冷暖房を使用することで、機械的な部分が露出しないように配慮しています。これは、院長先生が、一日にだいたい独りで平均100人くらい患者を見られる、主に見られる患者の年齢はご老人の方がほとんどなので、できるだけ一人一人丁寧なケアをしてあげたいという理想があるとは思うのですが、100人となると困難です。建物環境を快適に仕上げることで多少なりともスタッフのサポートに貢献できればとの思いからです。

 

 

構造と意匠のやりとり

──これは立面ですが、現在、仕上げで考えているのは、御影石調の塗料です。某メーカーの協力の下22m程の長スパンを一切の目地なしで一発で仕上げることを画策しています。これは医療施設ということもあり、少しでも堅牢なつくりにみせたいとの配慮です。サッシは木造用のアルミ製品です。窓の奥に薄ら柱らしきものが見えていますが、これの正体に関しては構造と意匠のやりとりのお話をした方が入りやすいと思われます。これの正体を含め横尾さんのほうから構造的なご説明をしていただきたいと思います。

横尾──今日は話をするつもりなかったんですけどね。ですが、せっかく話を振って頂いたので遠慮なくお話させてもらいます。改めて今回構造設計を担当している横尾です。よろしくお願いします。

 


準耐力壁を積極的に利用する

横尾──この建物は、普通の木造2階建てなのですが、2階の長手方向天井付近に壁の上部全てにスリット状の開口部が設けられています。1階は在来の、床から天井迄の耐力壁がありますが、2階の長手方向にはそれがない。どうやって解いているかというと、木造の壁量計算の考え方もそうなのですが、もともと水平力の1/3くらいは雑壁と呼ばれている主構造体でないものが負担しています。計算上強度がみられないプラスターボードなり、外壁材とかです。木造にはそうした副部材があるのですが、その中に垂れ壁というものがあります。和室の上にある様な垂れ壁です。これを構造用語では、準耐力壁と言います。今回はその準耐力壁を積極的に利用する計画。腰壁がそれにあたります。


120x240という梁材のような扁平の柱

横尾──長手方向1900mmの腰壁の中に筋交いが入っていますが、さらに腰壁から上に柱がにょきにょき出てこれらが耐震要素としても機能しています。いわゆる掘立柱です。基本的に120x120の通し柱が入っていますが、これだけだとどうしても屋根の変形が大きくなってしまうので、120x240という梁材のような扁平の柱を所々に入れていって屋根の変形を止めています。実際は、それでも2階の腰壁から上はけっこう変形するのですが、人がのらない事、サッシが崩壊しなければ良いという判断で、仕上げ材に支障のない範囲で強度を決めました。柱は全て集成材です。一方で柱の配置は、意匠とすり合わせていった中でわざとサッシ枠とはずれた位置に入れています。これは、構造からの要望によって決まっています。

 



構造側からここに柱を入れてくださいと提案しました

横尾──これは私の個人的な考えなのですが、構造が意匠にコミットする時あるシステムだけをパッと与えて、そのシステムだけを守ってデザインを進めてください、というやり方がある。今回で言えば扁平の通し柱をあるゾーンに何本以上設置してくださいとか、ルーズな感じで構造のルールを与えて、意匠設計者が柱の配置とかを決めていくという流れです。私はそうゆうのが性に合わないため、今回も構造側からここに柱を入れてくださいと提案しました。

構造設計者としても、意匠設計者と同じ様に柱とサッシの関係とか、向こうから柱が見えてきた時に空間としてどう見えるかというのを考えるべきだと思っています。今回の様に構造が見えるという場合は特に。きちんと構造的にも成立するし、自分の感覚としても許せる見え方というのを検証した上で、提案するようにしています。それでも柱の本数はけっこう減らされたのですけれど。


結果的にサッシと柱がずれた

横尾──当初、サッシ割に合わせる様に柱を入れたいという要望が意匠側からあった時も、私はその見え方が均一過ぎるから910mmずらして欲しいと具体的に要望を出しています。もちろんそうした要望が言えるのは、空間的にありか?という自分なりの判断をした上で、下階の耐力壁や柱の位置、梁のジョイント位置とか構造的に少しでも有利になるようにという決め手があってこそです。構造のルールとサッシ割のルールが別のルートにより決まっているので、当然結果的にサッシと柱がずれました。しかし外壁、サッシ、掘立柱とそれぞれが独立した見え方をするので不思議な奥行き感がうまれたと思います。


構造体を表現するとか、そういう事ではなくて

横尾──構造というのは常に重力や地震と言った外力と戦うものなので、そういう根本的な事を否定したくない。あるべきものはあるべきものなので、その存在感を残したいっていう思いは常にあります。
それは単に構造体を表現するとか、そういう事ではなくて、あくまでも重要なのは空間なので、まず作りたい空間なり、場所なり、デザインがあって、ふと気付くとストラクチャーがあるみたいな。旦那さんを立てる奥さんみたいな、そういうような関係の構造でありたいなとは思います。積極的に構造を表現したいわけじゃないのですが、一方で隠したいという願望もないので、その折り合いをつけるのはその都度で良いのではと思います。
森さんの場合は、こうゆう空間を作りたい、とか特に言わないのでこちらが察するしかないのですけど、そういう関係の中で森さんは森さんで思う事はあるだろうし、私は私の方で思う事はあるし、それをお互いの許容できる範囲内で、主張していけるような関係をつくれればいいかなと。今回のプロジェクトではその感じができているかなあと思います





そういった事でプロジェクトの善し悪しって生まれるんじゃないかと思う

──確か1900mmに壁を抑えようとしたのは、割と最後の方だったはずです。最初は、天井まで壁があったのだけれど、やっぱりこれがあると短手が強調されないから壁を下げたいという話がでてきて。でも壁にブレースがあるから下げるのが難しいかなって。だったら、そのままブレース出しちゃえばいいじゃないと思ったのですけれど、そしたら横尾さんが、ブレースをそのまま出すのは嫌だと言って。どういう事かそのときはわからなかったのですけど、それがどうしても嫌だという事で、じゃあブレースの代わりになるような柱ではどう?とかなって、それだったら構造的にそんなに主張しないからいいねとなって。
そういう会話がどんどんお互いにでるようになってくると、意匠設計者と構造設計者というのが一つのプロジェクトで、同じ目線で向かいあってるなという感じかなと。そういった事でプロジェクトの善し悪しって生まれるんじゃないかと思います。

横尾──今回は1階と2階の構成が妙だったというのがあったので、上下階で構造の考え方を変えたいなあと思っていました。それは1階の構造の解き方と2階の構造の解き方を変える方がプランのルールとストラクチャーのルールがなんとなくリンクして、空間としてもおもしろくなるのではないかと。
森さんに言われてやるようになったのですけど。今回のプロジェクトがきっかけで、事務所では1/100の意匠模型をつくるようになりました。実際、意匠模型に柱を入れてみて、これありかもと思って柱を表現するという話をしたと思う。柱の配置も2階の各部屋で見え方が違った方が空間にキャラクターがでていいんじゃないかなと思って、わざとずらしたりする提案をしました。こっち側でもいろいろ考えたりしてて。そういう事をやらなければ、なかなか対等にデザインの話もできなかったかなと思います。

 

 

意匠模型を横尾さんにプレゼントした

──それはいつも思うことで、構造事務所にいくと軸組模型がばーと並んでいて。ぼくたちは空間を軸で捉えるというよりは、壁とか天井とか面で捉えることが多いので、そういう目線で見ている世界と全く違う目線で世界が把握されているのでは?という恐れがあって、今回に関しては、1/100のスタディ模型を横尾さん用にわざわざつくって渡しました。
一応、どうやったらうまく自分がコミュニケーションをとれるか、やっぱり建築は独りでつくるわけではないので、そこには色んな人が携わるので、その人たちとどうやってできるだけスムーズにコミュニケーションを行うかを常に考えています。そういう意味で、ぼくは意匠模型を横尾さんにプレゼントした。これをみて、いつも、軸組だけでは考えないでねと示唆するつもりで。それは割とよかったと思います。


横尾 ──軸組から見えるものもあるとは思いますけど、そうじゃない目線も確かに必要だと思いました。プランとかが決まってから入るプロジェクトに関しては、意匠設計者以上にデザインを読み取る能力が構造設計者には必要だから。こうした事は意匠設計者の思想と向かい合うためにも大事な事だと思います。

(鈴木啓氏レクチャーの後編に続く)



プロフィール

建築家 森昌樹氏/Morii's atelier
青木淳建築計画事務所を経て、西片建築設計事務所共同設立。
代表作「淡路町の家」で、2004年東京建築士会住宅建築賞金賞。
現在は、Morii's atelierとして活動中。

 

森昌樹さんに関するウェブサイト 
http://architecturephoto.net/jp/2008/09/moriisatelierouvim_1.html
http://www.dezeen.com/2009/08/12/m-house-by-ouvi-and-moriis-atelier/

 

 

 

 

 



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